AtoZ 時々 鬱な日記

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締めくくることなどできない

未分類 2017年12月29日 金曜日 9:17:28

一年を振り返るとか嫌いなのだけど今年はあまりにも散々だったので。

去年秋から始めた障害者枠での転職活動。
その中でweb系の一社を希望し応募した。
何度か面接を受けて行くうち、webに限らずクルマからプロダクトからグラフィックからいろいろできるということを買ってくれる、部長みたいな人がいて、自分も買ってくれるのなら、と思い転職を決めた。
それが去年の年末。

その間、初めてのライブ参戦となったねごとのライブ。その楽曲はBOOM BOOM SATELLITESの中野さんとのタッグでできたものだった。
ねごともBOOM BOOM SATELLITESも友達に教えてもらってずっと聴き続けていたバンド。それが、自分が転職という変化をすると同じくして大きな変化を遂げて、何か運命めいたものを感じた。

そして去年の夏にあった同窓会で高校以来ぶりに再会したひとと、年明けに会うようになった。
それは同窓会での写真をその人の実家に送ったことから始まった。
お礼としてお茶でも、という話になり二、三度ご飯を食べたり映画を観たりした。
これもまた自分の変化と重なり運命めいたものを感じた。

そしていよいよ転職したのだけど、最初の四日ほど出勤した直後、猛烈な恐怖から出勤できなくなった。
居場所がない、理不尽に怒られる、それだけではない、えもいわれぬ恐怖だった、とても出勤できなかった。
そして一ヶ月の休職。

その間に、躁転したのか、突然横浜に行くことにした。
大阪にいる、大学時代からの友達に会い、名車に会っていろいろ話した。
そして横浜着、小学生から見続けたあぶない刑事のロケ地をまわった。
ホテルに着いたとたん、メガーヌが壊れたが、高速の上じゃなくて良かった。
しかしそれであぶない刑事の聖地巡りは中断。

カーデザイナー時代の社長にようやく会いにいけて、いろいろ話した。
歳は若いけど、カーデザイナー時代ほんとに良くしてくれた、言わばお父さんみたいな存在。
懐かしくもあり、新鮮でもあった。
奥さんともいろいろ話して共通点が多くて面白かった。
ほんとにようやく会いに行けて嬉しかった。
そしてその当時の美容師さんにも久々に会えた。

そんな休職期間も終え、出勤日を迎えると、やっぱりとてつもない恐怖が襲う。
朝、会社の駐車場までは行けるのに、最後の角まで行けるのに、そこから怖くてどうしようもなかった。
新たに上長になったひとに、理不尽に怒られる日々だった。
何も教えられていないローカルルールに従っていないと怒られ、指示されていなかったことをやってなくて怒られ、かと言って気を利かせて先回りして何かをすると余計なことをするなと怒られ、
面接時に技術的にブランクがあることを伝えた上での採用だったのに、高度なことを、しかも納期が迫ってくる中でやらなくてはいけなくなり、出来ないことをまた怒られた。

そもそもデザイナーとして採用のはずだったのに、仕事はコーディングばかり。
しかもjsやcmsなど、ブランクがあるから着いていけないと最初に訴えてきたことを出来なくて怒られ続けた。
そしてADHD由来の簡単なミスが何度も重なりそれはまた怒られる原因となった。
そのうち鬱が悪化し何度も休んでまともに仕事が出来なくなった。

本当に毎日涙をこらえていた。
毎日泣きに行く、怒られに行く、ただそれだけの日々だった。
ついにまた駐車場から会社への最後の角を曲がれずに、病院へ駆け込み休職か退職かを勧められひとまず休職にした。
入院も考えるほどだった。
しかし休職中も気が休まることはなく鬱は悪化する一方。
辞めることを伝えた。

そこから一回も出社することなく退職した。
それでも気が晴れることはなかった。
役に立たなかったということ、こんなに早く辞めるということ、そんな罪悪感と、もう普通には働けないという絶望とで占められていた。
しかし働かなくてはいけない。
すぐに、その前の職場に戻るべく応募した。
一応面接などはあったけれど今すんなり戻れている。
辞めた会社にあった、最後まで拭えなかった違和感はここには無かった。
給料は安い、クリエイティブでもない、しかし今の自分はこんなことしか出来ない、仕方がなかった。

親にもなぜ転職を失敗したのかと問い詰められた。
そんなことを言われても、普通に働けないものは働けない。

今前の職場に戻ってきて、この一年何をやってたんだろうという後悔、自責が襲う。
去年の年末にまだ在籍していた今の会社で今年また年を越す。ほんとうに何をしてたのか何のための転職だったのか、わからない。
結局すり減った精神、普通に働けないことをはっきりさせられた絶望しか残らなかった。
またここまでして生きている意味もよくわからなくなった。

またこの年明けも家で正月めいたことが行われ、来年の抱負なんかを訊かれるのだろう。
一日一日、一瞬一瞬をやり過ごすだけで精一杯なのに、一年の抱負など思い浮かぶはずもないのに。
正月なんておめでたい雰囲気などこちらは微塵もない。
あるのはまた始まる一日に対しての絶望だけ。
それの繰り返し。

いつまで続くのか、続けなくてはいけないのかはわからない。

(ハートをくれたユーザー:はなもと, 梟小僧, ぎりさん, らりる玲ちゃん, たまごさん)